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東京地方裁判所 平成5年(ワ)11906号 判決

原告

金井斉

ほか二名

被告

田口益之助

主文

一  被告は、原告金井斉に対し、金一〇八万五四二九円、同金井治子に対し、金六一万三七八〇円及び同金井智恵子に対し、金八三万三四〇六円、並びにこれらに対する平成五年九月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その二を被告の負担とし、その余は原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告金井斉に対し、金八五三万三八七〇円、同金井治子に対し、金一八三万七三五八円及び同金井智恵子に対し、金四六二万八七六七円並びにこれらに対する平成五年九月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告の負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、交差点内において、被害車両に乗車中、側面衝突を受けて負傷した原告らが、加害車両の運転者である被告に対し、損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実及び証拠上容易に認定できる事実

1  本件交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

原告らは、本件事故により次の傷害を負つた。

事故の日時 平成四年四月二六日午後零時一〇分ころ

事故の場所 神奈川県三浦市南下浦町上宮田三三六二番地先路上

加害車両 普通乗用自動車(習志野五九む四一七六)

加害者 被告(加害車両を運転)

被害車両 普通乗用自動車(横浜三三な一八〇〇)

運転者 原告金井斉(昭和三三年一〇月一日生(甲一、二)。以下「原告斉」という。)

同乗者 原告金井治子(大正一三年一月二三日生(甲一、六)。以下「原告治子」という。)及び同金井智恵子(大正一四年四月二七日生(甲一、一四)。以下「原告智恵子」という。)

事故の態様 原告斉が被害車両を運転し、信号機により交通整理の行われている交差点を青信号に従い、直進しようとしたところ、被告運転の加害車両が左方の交差道路から赤信号を無視して同交差点内に進入してきたため、同車前部と被害車両の左前部とが衝突した(甲二一、乙一、二、弁論の全趣旨)。

傷害の結果 原告斉 頸椎捻挫、腰椎捻挫、左手関節打撲、左肘捻挫、左下腿擦過傷等(甲二ないし五)

原告治子 頸椎捻挫、腰椎捻挫、左肩・胸部打撲、右足打撲(甲六ないし八)

原告智恵子 左膝挫傷、腰椎捻挫(甲一二、一三)

2  責任原因

被告は、加害車両を運転するに際し、交差点の対面信号を遵守すべき義務があるにもかかわらず、信号を無視して交差点内に進入した過失により本件事故を引き起こしたのであるから、民法七〇九条に基づき(物損について)、かつ、加害車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自倍法三条に基づき(人損について)、原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

3  損害の填補(一部)

原告斉は、被告の任意保険から休業損害として、一〇五万四四一六円の填補を受けた。

三  本件の争点

本件の争点は、原告らの損害の額である。

1  原告ら

(一) 原告斉(請求額 八五三万三八七〇円)

(1) コルセツト代 二万三五〇〇円

(2) 文書(診断書)費 五〇〇〇円

(3) 時計修理費 五〇〇〇円

(4) 休業損害 四一〇万五八三二円

原告斉は、平成四年四月二七日から平成五年一月八日まで、やぎ整形外科(一日)及び吉野町病院(二五六日)に各通院し、二五七日間休業したが、原告斉の事故前年度の実所得は、二六五万八二四三円であつたから、一日当たり一万五九七六円として、右金額となる。

(5) 通院交通費 三〇万四五三八円

実通院日数一〇六日間の高速代(一三万九九二〇円)及びガソリン代(一六万四六一八円)

(6) 評価損 二二六万〇〇〇〇円

(7) 慰謝料 一二三万〇〇〇〇円

(8) 弁護士費用 六〇万〇〇〇〇円

(二) 原告治子(請求額 一〇八万七三五八円)

(1) 休業損害 七万五八三八円

原告治子は、平成四年二七日から平成五年九月一九日まで日本医科大学付属病院及び緒方病院に各通院し、一四日間欠勤したことにより一日当たり五四一七円として、右金額となる。

(2) 通院交通費 一万一五二〇円

(3) 慰謝料 九〇万〇〇〇〇円

(4) 弁護士費用 一〇万〇〇〇〇円

(三) 原告智恵子(請求額 四六二万八七六七円)

(1) 文書(診断書)費 五〇〇〇円

(2) 休業損害 五五万六二九二円

原告智恵子は、平成四年四月二七日から平成五年一〇月三一日まで中川整形外科に一八八日間通院し、その間、休業したが、原告智恵子の事故前年度の収入は、一〇八万円であつたから、一日当たり二九五九円として、右金額となる。

(3) 逸失利益 四七万七四七五円

原告智恵子は、本件事故当時六六歳であり、前記の傷害を受けたことにより、左膝蓋大腿関節圧痛、左膝屈曲制限等の後遺障害を残したが、これは後遺障害等級別表一二級に該当するから、就労可能年数六年として、新ホフマン方式により算定。

(4) 慰謝料 三二九万〇〇〇〇円

原告智恵子の慰謝料としては、傷害慰謝料として一〇五万円、また、後遺症慰謝料として、二二四万円が相当である。

(5) 弁護士費用 三〇万〇〇〇〇円

2  被告

(一) 損害について

原告らの損害額、特に原告斉の評価損及び原告智恵子の後遺症については、争う。原告らの通院は、本件事故直後の原告らの言動、当初の診断書の記載及び所見等に照らして不当に長期に及んでおり、そのすべての期間にわたつて原告らが就労不能であつたとは考えられず、本件事故と原告らの治療期間との間の相当因果関係については疑問がある。

(二) 既払額について

原告らは、前記争いのない事実記載の金額のほか、被告及び被告の任意保険から次のとおり損害の填補を受けた。

(1) 原告斉 三三万五九七〇円

(2) 原告治子 三五万七四四八円

(3) 原告智恵子 五七万五八一九円

第三争点に対する判断(損害額について)

一  原告斉

1  コルセツト代 二万三五〇〇円

甲三、五、弁論の全趣旨により認める。

2  文書(診断書)費 五〇〇〇円

甲二ないし五、二一、乙七により認める。

3  時計修理費 五〇〇〇円

甲二一、弁論の全趣旨により認める。

4  休業損害 一三六万〇三五〇円

(一) 原告斉は、本件事故当時、損害保険代代業に従事していたものであるが(甲二一、原告斉)、本件事故による現実の収入減少を裏付けるべき的確な証拠はないから、このような場合、その休業損害を算定するに当たつては、原告斉が主張するような単年度の確定申告額を用いるのは相当でなく、むしろ、控え目な認定という見地から、統計的数値を用いたうえ、相応な休業期間を認定して算出するのが相当である。

しかるときは、まず、基礎とすべき収入については、本件事故当時の原告斉の年齢(三三歳、甲一)に照らし、賃金センサスの平成四年度男子労働者学歴計・全年齢平均賃金により、五四四万一四〇〇円をもつて同人の年収額相当と認める。

(二) そして、証拠(甲二ないし四、二一、原告斉)及び弁論の全趣旨によれば、原告斉は、前記争いのない傷病名により、当初は、二週間程度の治療見込みとされていたものが、その後、治療期間が長期化したものの、他覚所見は見られず、治療としては、投薬、外用薬、コルセツト、物理療法が施されただけであり、通院状況についても、原告斉は勤務先近くの吉野町病院に車で片道約四〇キロメートルの距離を、平成四年五月から九月までの間に一か月当たり一三日から二〇日程度と頻繁に通院しているが、その間、治療状況に格別変化は窺われず、当初から保存的に推移したものと推認できるのであり、このような点に鑑みると、原告斉の就労不能期間を平成四年九月末日までとする診断書の記載(甲二、三)にかかわらず、原告斉の休業期間については、実際にかかつた治療期間のすべてを算入するのは相当でなく、長くともこれを当初の三か月間とするのが相当である。

(三) 右(一)、(二)によれば、原告斉の休業損害は、次式のとおり、一三六万〇三五〇円となる。

五四四万一四〇〇円÷一二×三=一三六万〇三五〇円

5  通院交通費 一五万八〇一五円

原告斉は、本件事故当時、東京都世田谷区北烏山五丁目六番一五号の自宅に居住していたが、本件事故の傷害により、平成四年四月二八日から、以前通院したことのある横浜市南区所在の吉野町病院に通院することにし、自ら運転ができなかつたため、他人に運転を依頼して、自動車で通院した。一日当たりのガソリン代は、往復八一キロメートルで一五五三円であり、高速代は、一日一三二〇円であつた(甲三、二一、原告斉、弁論の全趣旨)。

そして、前記4に述べた相当な休業期間中の通院回数は五五日であるから(甲二、三。なお、甲二の記載中、平成四年六月の通院日数につき「計二〇日」とあるのは、「計二一日」の誤記と認める。)、その間の原告斉の通院交通費は、次式のとおり、一五万八〇一五円となる。

(一五五三円+一三二〇円)×五五日=一五万八〇一五円

6  評価損 認められない。

甲一六、一七(乙四の一、二と同じ。)、一八、二一、乙一、三、原告斉によれば、被害車両は、原告斉が昭和六三年一〇月に五三〇万円で購入した排気量三〇〇〇ccのトヨタクラウンロイヤルサルーンGであり(同年初度登録)、平成二年八月二三日原告斉が経営する会社名義にされ、本件事故当時の時価が二三四万五〇〇〇円であつたものであるが、本件事故による衝突の結果、車体左前部が破損したことにより、原告斉と任意保険会社との間の話し合いの過程で、原告斉がデイーラーを通じてフレーム交換を要求したのに対し、保険会社担当者は当初修理で対応しようとしたものの、調整できない変形が残存したことにより、結果として、フロントフレーム交換が行われ、車検証上の車台番号が変更された。被害車両の修理費用は、当初の見積りでは、一〇五万八一二九円であつたが、実際に要した費用は、一四〇万円から一五〇万円であつた。原告斉は、本件事故後も下取価格の下落を懸念し、他に売却しないまま、平成六年一月か二月ころまで被害車両に乗り続け、その間、運転に格別支障はなかつた。以上の事実が認められる。

右の事実によれば、被害車両について、本件事故により、フレームが交換され、車検証の車台番号が変更されたことから、事故車であることが容易に判明することになつたとはいえるものの、被害車両は本件事故当時、初年度登録から既に三年余りを経過しており、時価の約六割の一四〇万円程度を掛けてなされた部品交換及び修理により、外観や機能等についての原状回復がなされたといえるだけでなく、その後の原告斉の運転状況からみても、機能や耐久性に格別、障害は生じていなかつたものと認められ、また、現に査定減価を認めるに足りる証拠もないから、このような場合、市場価格の下落の不安ないしその可能性だけを根拠に、評価損を認めることはできないというべきである。

7  慰謝料 六〇万〇〇〇〇円

原告斉の年齢、職業、傷害の部位程度、通院日数その他本件に顕れた諸般の事情を斟酌すると、原告斉の傷害慰謝料は、六〇万円と認めるのが相当である。

8  右合計額 二一五万一八六五円

9  損害の填補

証拠(乙六の一、七)によれば、原告斉が被告から八万三五二〇円(タクシー代、治療費、保証費名目であるが、実質的に原告斉の損害の填補として支出されたものと認める。)、被告の任意保険会社から二万八五〇〇円(コルセツト代二万三五〇〇円、診断書料五〇〇〇円)の填補を受けたことが認められ、これに当事者間に争いのない、任意保険からの填補(休業損害分)一〇五万四四一六円を加えると、原告斉が受けた填補額は一一六万六四三六円となる。

すると、右填補後の原告斉の損害額は、九八万五四二九円となる。

10  弁護士費用 一〇万〇〇〇〇円

本件事案の内容、審理経過及び認容額その他諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係がある弁護士費用は、原告斉につき一〇万円と認めるのが相当である。

11  原告斉認容額 一〇八万五四二九円

二  原告治子

1  休業損額 七万五八三八円

証拠(甲六ないし九、二二)によれば、原告治子は、公益法人の臨時雇用員として勤務していたところ、本件事故により平成四年四月二七日から平成五年九月一九日まで日本医科大学付属病院及び緒方病院に各通院し、一四日間欠勤したこと、原告治子は、本件事故前三か月間に合計四八万七五〇〇円の収入を得ていたことが認められる。

そうすると、原告治子の休業損害は、次式のとおり、七万五八三三となる。

四八万七五〇〇円÷九〇×一四=七万五八三三円(一円未満切捨て)

2  通院交通費 一万一五二〇円

甲六、二一、弁論の全趣旨により認める。

3  慰謝料 七〇万〇〇〇〇円

原告治子の年齢、職業、傷害の部位程度、通院日数その他本件に顕れた諸般の事情を斟酌すると、原告治子の傷害慰謝料は、七〇万円と認めるのが相当である。

4  右合計額 七八万七三五八円

5  損害の填補

証拠(甲一〇の七、乙六の二及び三、七)によれば、原告治子が被告から八万九五三〇円(原告治子の損害の填補として支出されたものと認める。)、被告の任意保険会社から休業損害として七万五八三八円のほか、五万八二一〇円の填補を受けたことが認められ、これにより原告治子が受けた填補額は、二二万三五七八円となる。

すると、右填補後の原告治子の損害額は、五六万三七八〇円となる。

6  弁護士費用 五万〇〇〇〇円

本件事案の内容、審理経過及び認容額その他諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係がある弁護士費用は、原告治子につき五万円と認めるが相当である。

7  原告治子認容額 六一万三七八〇円

三  原告智恵子

1  文書(診断書)費 五〇〇〇円

甲一一ないし一三、弁論の全趣旨により認める。

2  休業損害 一八万〇〇〇〇円

(一) 証拠(甲二三、原告斉)によれば、原告智恵子は、本件事故当時六六歳であり、自宅で書道の講師をして収入を得ていたものであるが、本件事故による現実の収入減少を裏付けるべき的確な証拠はないものの、右証拠及び弁論の全趣旨から窺われる原告智恵子の年齢及び生活状況等に照らすと、本件事故当時、事故前年度の所得(一〇八万円、甲二〇)と同程度の収入を得ていたものと推認できるから、本件においては、右金額を原告智恵子の基礎収入と認める。

(二) そして、証拠(甲一一ないし、一三、二三、原告斉)によれば、原告智恵子は、本件事故により左膝挫傷、腰椎捻挫の傷害を負い、正座ができないため、仕事柄支障を感じ、平成四年四月二七日から自宅と同じビルにある中川整形外科に通院するようになつたが、X線写真には、年齢から来ると思われる退行性変化が認められたものの、その他の他覚所見はなく、同医院に平成五年一〇月三一日までの一八八日間に一一七回通院し、その間、投薬及び理学療法を施された結果、同日治癒とされたこと、平成四年六月二四日作成の診断書(甲一一)には、就業不能期間として、平成四年四月二七日から同年六月二四日までと記載されているが、その後の診断書には、その旨の記載はないこと、以上の事実が認められる。

右の事実をもとに、原告智恵子の休業期間を考えるに、原告智恵子は、自宅内で書道の講師をしており、原告智恵子の職業、傷害の部位程度、症状、病院との距離関係等に照らすと、原告智恵子は、より早期に就業可能であつたというべきであるから、原告智恵子の通院日数のうち、本件事故と相当因果関係のある部分は、当初の二か月間とみるのが相当である。

(三) 右(一)、(二)によれば、原告智恵子の休業損害は、次式のとおり、一八万円となる。

一〇八万〇〇〇〇円÷一二×二=一八万〇〇〇〇円

3  逸失利益 認められない。

原告智恵子は、本件事故により傷害を受けた結果、平成四年一〇月三一日(当時六八歳)、左膝蓋大腿関節圧痛、左膝屈曲制限等の後遺障害を残し、これは、後遺障害別等級一二級に該当するというのであるが、甲一四の記載内容(他覚症状、検査結果、運動可動域等)は、いずれも一二級七号の下肢関節機能の障害には結びつかないうえ、神経症状についても、結局のところ自覚症状だけにとどまることになるから、原告智恵子の年齢、症状、稼動状況等に照らすと、これを一二級と認めることができないのはもとより、一四級と認定するのも困難であり、そうすると、原告智恵子の労働能力の喪失を内容とする逸失利益を認めることはできないというべきである(なお、減収についての的確な証拠もない。)

4  慰謝料 八〇万〇〇〇〇円

原告智恵子の年齢、職業、傷害の部位程度、通院日数その他本件に顕れた諸般の事情を斟酌すると、原告智恵子の慰謝料は、傷害慰謝料として八〇万円と認めるのが相当である(なお、前記3に述べたことから、後遺症慰謝料は、認められない。)。

5  右合計額 九八万五〇〇〇円

6  損害の填補

証拠(乙六の四、七)によれば、原告智恵子が被告から三万六三〇〇円 (原告智恵子の損害の填補として支出されたものと認める。)、被告の任意保険会社から休業損害として一九万五二九四円の填補を受けたことが認められ、これにより原告智恵子が受けた填補額は、二三万一五九四円となる。

すると、右填補後の原告智恵子の損害額は、七五万三四〇六円となる。

7  弁護士費用 八万〇〇〇〇円

本件事案の内容、審理経過及び認容額その他諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係がある弁護士費用は、原告智恵子につき八万円と認めるのが相当である。

8  原告智恵子認容額 八三万三四〇六円

第四結論

以上によれば、原告らの本件請求は、原告斉につき一〇八万五四二九円、原告治子につき六一万三七八〇円及び原告智恵子につき八三万三四〇六円、並びにこれらに対する本件事故の日以後である平成五年九月八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を認める限度で理由があるが、その余は理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 河田泰常)

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